円熟の域
僕は最近よく夢を見ます。 内容を想い返せない夢もありますが、はっきりと鮮明に覚えている夢が多いのです。
自分でも怖くなる程の「悔しい夢」「屈辱的な夢」を見るのです。 ベッドから「カバッ」と起きて遠い彼方を凝視するのでした。
社会人となって長い歳月が流れました。 どんな場面でも自分なりのベストを尽くし、頼りにされる存在でありたいと「ひた向きに生きる」努力を重ねてきた積りですが、世間で俗に言う「理不尽・不条理」の氷壁が行く手を遮るのでした。
今思えば、出世欲とか権力闘争等とかは僕には無縁と考えていたのですが、社内では3本の指に入る立場だったのです。僕のポジションが欲しい人間が何人も居たのでしょう。
「会社の乗っ取りと大手取引先との間で横領が発生している」と根も葉もない大嘘が持ち上がっていたのでした。
僕は、鳩が豆鉄砲を喰らったように、ただただ啞然とし事の顛末を飲み込めないまま会議室で社長の一方的な言い分を聞くのみでいたのです。
しかし乍ら時間の経過と共に、それらは嘘であることは容易に実証する事は出来たのでしたが、長年一緒に努力して会社を大きく育んできたので、社長が大変「哀れ」な人間に見えてしまったのです。
言う事は言っておかないと誤解の解けないまま決別するのだけは避けたいと考え、自分自身の釈明を述べたのでした。
この場面が今迄、何度も何度も繰り返し出てくるのです。その理不尽、不条理、不正、受けた屈辱が心に刺さっているのです。
「忘れず、許さず」の囚われの心が「遺恨」として解消されていないと考えれば、僕はまだまだ尻の青い人間だなと反省します。
30数年前のわだかまり、しこりが今だあるとすれば達感した円熟の域にはまだまだ遠い道のりです。
次回につづく。

